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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1894号 判決

理由

一  請求原因事実1の事実および本件ビルの中央部にエレベータ一基が、地下室北部の壁面に電力を送電する配電盤一式がそれぞれ設置されていることは争いなく、かつ本件エレベータ一基が地下室から九階までの昇降用のために本件配電盤一式が本件ビル全部に対する営業用冷暖用および灯明用に使用すべき電力を送電すべくそれぞれ設置されていることは被告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、本件エレベータおよび本件配電盤一式の設置目的およびその機能に徴すれば、これらの本件物件は、本件ビルの完成時には設置されたものと推認すべく、したがつて、本件抵当権設定当時には、いずれも、本件物件はそれぞれ設置されていたものと認められる。そして本件物件の前記目的および機能から推断すれば本件物件が本件ビルの常用に供されていることは多言を要しない。

二  そして、右認定した事実によると、本件物件については本件抵当権の効力が及ぶものと認めるのが相当である。すなわち、

1  本件エレベータについてみるに、本件エレベータは、本件ビルの昇降用のために設けられたものであることは、前記のとおりであるところ、エレベータは電力などの動力によつて、人や物を上下に運搬する装置であつて、高層建築物においては階段とともに、人の往来、荷物などの物件の運搬等においてきわめて重要な機能を営み、とくに本件ビルのように九階建のような高層ビルにおいては、きつてもきれない関係にあり、昇降方法としては、階段が非常用または、二、三階間のように比較的短い階相互間の連絡用など比較的補助的地位に甘んじている(とくに二、三〇階以上の超高層ビルの場におけるエレベータの機能を考えるとよく分る)のに比ベエレベータは、高層ビルにおける本来的昇降手段として大いに活用されており(なおエスカレータは、百貨店など商品の大量販売を目的として一般顧客を対象とする場所において活用されているが通常のビルにおいてはそれほど利用されていない)、いわば機能的には階段以上に必要不可欠のものとなつている。また既設のエレベータの装置自体はかかる高層ビルを離れては価値は著しく減少することは論を俟たない。したがつて、かかるエレベータは単に不動産の従物に該当するというよりは、むしろ、民法二四二条にいう「不動産ノ従トシテ之ニ附合シタル物」かまたは同法三七〇条にいう「目的タル不動産ニ附加シテ之ト一体ヲ成シタル物」に該当するというべきであり、したがつて、本件エレベータには、本件抵当権の設定時の前後を問わず本件抵当権の効力は及ぶというべきである(かりに本件エレベータが本件ビルの従物にすぎないとしても、前記認定のとおり、本件抵当権の設定時には本件エレベータは設置されていたから、本件抵当権の効力が及ぶことは同一である)。

2  本件配電盤一式についてみるに本件ビルが病院・店舗・居宅および共同住宅を目的とするものであることは別紙不動産目録記載のところから容易に推認されるところ、本件配電盤一式が本件ビルの地下室北部の壁面に本件ビル全部に対する営業用、冷暖用および灯明用に使用すべき電力を導電するためのものであることは、前記のとおりであつて、本件ビルが前記の目的を十分に機能するためには相当な電力を必要とし、本件配電盤一式は必要不可欠なものであることは、社会通念上明らかである。配電盤一式はその目的機能および規模とに応じて具体的に設置されることにかんがみると本件配電盤一式は本件ビルから分離されるとその価値は著しくそこなわれることが予想されるし、かつ本件配電盤一式の設備が地下室北壁に付設されていることに徴すれば本件配電盤一式は、ただ単に本件ビルの従物として常用されているにとどまらず、民法二四二条にいう「不動産ノ従トシテ之ニ附合シタル物」かまたは同法三七〇条にいう「其目的タル不動産ニ附加シテ之ト一体ヲ成シタル物」にあたると認めるのが相当である。したがつて、本件配電盤一式にも本件抵当権設定の前後に付設されたかどうかを問わず、本件抵当権の効力は及ぶものというべきである(かりに本件配電盤一式が本件ビルの従物にすぎないとしても、本件配電盤一式は本件ビル完成時には附設されていたことは前記認定のとおりであるから爾後に設定された本件抵当権の効力が本件配電盤一式に及ぶことは明らかである)。

三  そして、《証拠》によると、本件抵当権の実行にさいし、本件物件を対象物件から除外していないことが認められるから、原告は、本件ビルを競落して右競落代金を完済したことにより、本件物件の所有権をも取得したものというべきである。

四  ところで本来性質上独自の所有権の対象となりうる有体動産たるべき物であつても、不動産に従として付加しまたは不動産に付加して一体となり、独自の所有権の対象としての適格を失い、不動産の所有権のうちに包摂さるべき場合においても、かかる有体動産たるべき物が右不動産から分離されるときには、かかる有体動産たるべき物は、他の通常の有体動産と同様に、独自の所有権の対象となることは当然である。そして、かかる有体動産たるべき物が不動産に従として付加し、または不動産に付加して一体となり、その不動産に対する抵当権の効力が及ぶべき場合において、その有体動産となるべき物を右不動産から分離して処分をすべきときには当該抵当権者の同意を得なければならず、これを得ないで処分をしたときには、その処分は無効であるというべきである。それゆえ、不動産所有権者が抵当権者の同意を得ないでかかる有体動産たるべき物を不動産から分離して独立に所有権の対象として処分をしたときにおいては、善意の取引第三者を保護すべき民法一九二条の規定が適用されるものというべきである(なお、農業動産信用法一三条、工場抵当法六条等参照)。

五  以上の見地に立つて被告らの抗弁について判断すると、被告らはまず、中村正夫または被告広田が本件物件を含む有体動産を売買によつて所有権を取得した旨主張するもののようであるが、本件物件が本件抵当権の目的となつていることは前段説示のとおりであるところ、被告らの主張する本件物件の売買についていずれも抵当権者である住宅金融公庫の承諾または同意を得てされたことは、被告らにおいて主張、立証しないことであるから、被告らの主張する売買はその効力を生じないことは明らかであり、この点はそれ自体失当というよりほかない。

2 次に、被告らの主張する民法一九二条の規定による即時取得の成否について検討を加える。

不動産抵当権の目的の対象となつている有体動産たるべき物をその不動産から分離処分した場合において、民法一九二条を適用すべきときの善意、無過失の内容において必ずしも見解は一致していないが、この点はしばらくおき、まず被告ら主張の売買において他の要件事実が具備されているかどうかについて検討する。

3(1) 本件物件がもと上原正員の所有に属することは、当事者間に争いがなく、《証拠》によると、被告らの抗弁事実1の(1)(2)および(3)の事実(ただし中村正夫が本件物件の所有権を取得したことおよび現実の占有を取得したとの点を除く)を認めることができる。

(2) そこで、その占有形態について案ずるに前記《証拠》によると、上原正員は昭和三九年五月一〇日中村正夫に対し本件物件を含めて本件ビル内の有体動産の大半を代金三〇〇万円で売り渡す(一五条、一六条、二八条参照)と同時に本件物件を含む前記有体動産について賃貸借を締結してこれを占有した(一八条、一九条、二五条参照)ことが認められる。したがつて格別の事情の窺われない本件においては、中村正夫の占有取得は、民法一八三条の占有改定の方法によるものと認めるのが相当である。

もつとも、中村正夫は、同時に昭和三九年五月一〇日本件ビルの内三階東南角の一室を賃借入室し、その賃料を月三万円(本件物件の賃料と同額である)と約していることは、前記認定(抗弁事実1の(1)および(2))のとおりであり、かつ前記乙第一号証の二によると、両者の賃料を差引計算し零としていることが認められるけれども、かかる事情があるからといつて、本件物件について中村正夫が現実に占有を取得したものと認めることはできない。

(3) 以上のように中村正夫の占有取得は、占有改定の方法によるものであつて、一般の外観上従来の占有状態になんら変更を加えるものではないから、たとい中村正夫の占有取得が平穏公然に行なわれ、かつ、同人が善意、無過失であつたとして現実の占有取得を伴う場合において占有取得者の保護を図ることを目的とする民法一九二条による即時取得の保護を受けることはできないというべきである。

4 また、被告広田が本件物件の所有権を取得したかどうかについて検討してみる。

(1) 《証拠》によると、被告らの抗弁事実2の(1)の事実(ただし中村正夫が本件物件の所有権を有し被告広田が所有権を取得したことおよび被告広田が本件物件の現実の占有を取得したとの点を除く)を認めることができる。

(2) そして、中村正夫が本件物件について上原正員から所有権を取得したものと認められないことは、前記認定のとおりであるから、被告広田が中村正夫から本件物件の所有権を承継して取得することがないことは多言を要しない。

(3) そこで被告広田が即時取得に関する民法一九二条の規定の適用により本件物件の所有権を取得することができるかどうかについて検討する。

前記乙第一号証の五によると、同書類には所有者中村正夫は、上原正員に対し本件物件は広田辰雄(被告のこと)に売渡したから、以後は広田辰雄のために保管し、賃料も広田辰雄(被告のこと)に支払われたい旨通告し、上原正員はこれを承諾した旨記載されていることが認められ、しかも、乙第一号証の一、二および乙第一号証の五とは、いずれも一体不可欠の書類として形成されていることが認められるから、これによつて考えてみれば、被告広田と上原正員との間では、本件物件を含む前記有体動産について、中村正夫と上原正員との間と同一内容の賃貸借(ただし、期間および賃料支払いの約定は除く。)が成立したものと推認することができる。

(4) 以上により検討してみると、本件物件についての占有移転形態をみるに、上原正員から中村正夫に対しては、占有改定の方法によることは前述のとおりであり、中村正夫から被告広田辰雄に対しては指図による引渡の方法によつてされているのであつて一般の外観上従来の占有の状態になんら変更があつたものといえなく、したがつて、被告広田の右占有取得が平穏公然に行なわれかつ被告広田が善意、無過失であつたとしても、中村正夫のときと同様に民法一九二条の規定による即時取得の保護を受けることができないというべきである。

5 結局、被告らの抗弁は、いずれも、失当というべきである。

六  そして、被告らにおいて、原告が本件物件に対し所有権を取得したかどうかを争つていることは本訴の経過に照らし明らかであるから、原告は本件物件の所有権確認についてその利益のあることはいうまでもない。

七  よつて、本件物件について原告の所有に属することの確認を求める原告の本訴請求は、その余の争点について判断を加えるまでもなく正当であることは明らかであるからこれを認容する

(裁判官 奈良次郎)

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